elysia導入。その①
近年の音楽制作において、様々な模索をし膨大な時間と労力をスタジオワークに注いできた。演奏家として自らのスタイルを確立していく中で、追い求めるサウンドの理想はしっかりと見えていながら、中々先行きの見えない手探り状態が長く続いた。その理由の一つとして、自らが求めるサウンド感が日本国内には存在していなかったこと、そしてその実現に向けて世界に目を向けたところで、膨大な量の情報が集まる中での模索は困難を極めた。
『著名な欧米人エンジニアに仕事を頼んだが、自らのプロフィール写真はアウトボードばかり写っているが、実際のところはプラグインが相当量使用されていた。』
などの情報も混在し、メジャーどころのプラグインは一通り試してみた。しかし一聴すると良いと思えるものも、突き詰めれば突き詰めるほどに、またハイレゾリューション・オーディオを意識したサウンド感を生み出そうとすればするほど、必ずと言って良いほど、完成した音源は破綻をきたしていた。滑らかに曲線を描くはずであった弦楽器の音色は、デジタル処理されたプラグインにスポイルされ立体感を失い、幾通りにも重ねられたプラグインは、拘りこそ感じられるが最終的な理想とする仕上がりには程遠い。一体何がこうさせているのかを模索しても、デジタル処理の限界を超えられることはなく、特に奥行きと幅を求められるアコースティック楽器を主流とした音作りには工面させられた。何百時間、何千時間とスタジオで音色を求めようとも、回答は結局のところ得られなかった。
しかし、転機が驚くところで与えられた。
文化庁からの招聘で、学校コンサートを依頼された折、校歌を歌って欲しいとのことでCDを渡された。
『ICレコーダーか何かで録ったのかな・・・』
という程度に受け止めていたが、仕事に向かう道中カーステレオから流れてきたその校歌に驚かされた。内容としてはシンセサイザーの打ち込みとコーラスで構成されていたが、明らかに幅と奥行きが存在していた。自らが持ち合わせていた先入観に等しい、『学校の校歌にそこまでの予算をかけることはないだろう』という考えがサウンド側から覆され、校歌というシンプルな音楽の上に立った時、それがコンソール経由で制作されたことがクレジットからも読み取れ、またその校歌自体はSSLやNeveほど高価なコンソールを使用していないことも分かった。しかし、自らが求めているサウンド感は確実に存在しており、アナログ回路が生み出す独特の立体感は決してデジタル内では得られないことを決定付けることとなった。
『もうこれ以上、DAW内で音源制作をすることはやめよう』
分かってはいたが、あくまで自らはアーティストという立ち位置でエンジニアリングに関わっていたので、デジタルサウンド外の部分に着手するつもりはなかった。しかし、求める音を作り上げるのであれば、また国内に自らの理想が存在しないのであれば、機材を揃え自らが海外に出るしかない。しかも中途半端な形では意味はなく、やるならば徹底的にやり込まなければならない。
手始めに、ボストンのバークリー音楽大学に入学した。もう一度学生からやり直そうというわけだ。Paformance and Music Productionコースを選べば、自らの歌唱力を世界のクォリティで試すこともできるし、スタジオワークも学べる。手始めに取ったコースはよりによって最も難しいマスタリングであった。最近は大学側も随分とフレキシブルになり、論文の提出などはオンラインでも行える。日米双方での仕事が多忙な身としては、年にある一定期間アメリカに留まれば、世界最先端の音色の価値を、生の声と現場で学べ学位も取れる。これは非常に素晴らしいプログラムと言える。そのバークリーに入学後、マスタリングで師事した教授は、世界的権威である Marc - Dleter Einstimann であった。歴史ある音楽を作り上げた教授からは想像もつかないほど、生徒たちとはフレンドリーに接するが、内容は非常に密度の濃いものである。歴史を共にしたアーティストたちは、とてつもないほどのビッグネームが並ぶ。ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、マイケル・ジャクソン、そしてヨーヨー・マ。クラシックからロックまで、時代を作り上げてきたサウンドクリエイターから、直接指導を受け、また参考音源として授業で使用される音楽はとてもつもなくクォリティの高いもので、刺激的な日々を送った。『やはりこういう世界は存在した』と確信しながらも、とにかく膨大な課題を与えられる日々に躍起になった。それら課題の中、教授とのやりとりで elysiaの名前が出た。『最先端のマスタリングコンプレッサーが有名だね。でも相当高価だけど』。
elysiaはプラグインでは知っていたし、alphacompressor はM/Sモードが好きで頻繁に使用していた。その実機となると、更に興味が沸いた。サイトへ行き内容を見ているうちに、API500シリーズに対応している機材を多数リリースしていた。どれも高品位といった感があったが、相当に高価だろうと予測したが、意外なほどリーズナブルで、その上ステレオが基本構成となっていた。その上、大ファンであったドラマーのサイモン・フィリップスが、自らのレコーディングで使用している動画まで存在した。サイモンはTOTOのドラマーであると共に、エンジニアとしての技量も高く評価されている人物で、あのドラマティックであり尚且つクリアでHi-Fiなサウンドが、erysiaによって作り上げられていたことを知り、一気にelysiaへの興味とアナログ機材の導入へと走ることとなった。
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Radio Personality『マエストロ古屋博敏のサウンド物語』/ http://mookmookradio.com/a0004/
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